まちづくりは人間臭い
青年による「夢はぐくむ故郷南陽」を目指して、20~29歳を対象、WSを通して企画立案と実践活動、実際にその夢を実現させる機会を提供、若者をターゲットに。南陽市で展開。
驚くのは大賞賞金(1グループのみ)が100万円、参加者と話す機会があり、どうもアイディアそのものにということらしい、活動にではない、WSで得たアイディアの対価としては破格である。
この事業のねらいは、若者が考える、まちづくりに興味を持つ、そのことに意味があると思う、若者が目的に向かって話し合う。まちづくりは様々、優劣をつけるものでもない、アイディアは個人・特定の利益に関するものは除くとあるが、このコンペティションそのものが利益につながる形になっていないだろうか。
まちづくり活動のモチベーションはお金だけから生まれるのではないと思う。大事なのはハートだと思う。
まちづくり活動は半ボランティアなところがあるし、地道な活動で熱い思いがあってはじめて続けられる、正直、この試みバブル時代のような感じがする。
赤湯が熱いと聞く、それをどう捉えているのであろうか、活動の広がりはこんなところからも。
協働事業は10~50万円、しかも1/2の場合もある、アイディアにお金はつかない。そんな中、がんばっている団体は多い。
この試み、ただ願うのは、このコンペティションで多くの若者が活動し始めることである。次の一手がないとどうなるのであろうか、線香花火には決してしてはいけないと思う。が、この仕組みのままでは、一発屋に終わる可能性を秘めている、どうしても続けていけるとは思えないのだが。
生き生きした若者を増やすことができたのか、もし続けるならば改善の余地は多いと思う。
2月28日、仲間塾どんぐり、シニアが集まって、カッコよく言えば生き方を見つけよう、今日はNPO法人おいたまサロンの竹田さんを招いて。
理屈よりも実践、耳が痛いところであるが、これまでの歩みを聞くと、しっかりとしたスタンスとぶれない心、これがあるから続き、広がっているのかと思う。行政と対等に、活動の裏付けがあるからでしょう。
カウンターは銅板が張られ、そこには船の絵が、海が好きなママの店、クルーザーの話で盛り上がる、どんな仕事でも長く続ける、すばらしい。
また、気持ち良くなって痛飲してしまう。また、「いく」たいと思ってしまった。そう言えば、飲むのは3日連続か。
100年に一度の・・・・・、ならば、思い切った手を、お金をつぎ込むのは限界があるし、どこまでつぎ込めば、効果は不明、じゃー何と言えば、国民の生き方を変質させる仕組みを、システムを変えるということであり、組織や法体系の再構築、そして、構造を変えていく、これがと思う。国民の中には当然政治家も入る。
人口構造を大きく変えることは無理だが、社会システムや産業構造は変えられるし、行政などの体系も可能である。そこに手をつけなければ、お金を出せばという話でもないように感じる。どこまでが普通の暮らしと言えるのであろうか、ビジョンや国家戦略が必要なのかと思う。我慢すればどういうことになるのか、痛みだけではどうしょうもないし。
最近、都市計画の意義は縮小しつつあるのかと、頭から離れない村中秀郎

































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