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2009年1月 7日 (水)

放浪の天才画家

みなさん、明けましておめでとうございます。

1月3日、渋谷へ、「明日の神話」を見る。
商業ビルのマークシティ内の連絡通路に立つ、目の前に巨大壁画、縦5.5m、横30m、秋田県立美術館で見た藤田嗣冶の壁画「秋田の行事」(縦3.65m、横20.5m)よりも大きいが、空間の中にあるせいかそれほど大きさの違いがあるとは思えない。839
が、違った魅力、第5福竜丸が被爆した際の原爆の炸裂の瞬間をテーマ、悲惨な体験を乗り越え再生する人々のたくましさを描いていると聞く、中央にある人体がそれなのか。840

とにかく強烈である、多くの方々が毎日、目にする、これからどんな影響を与えるのであろうか、長い年月をかけて刻み込まれていくのであろう。
帰り、某デパートの催事場での山下清展に、山下清と言えば、裸の大将、テレビや映画での放浪画家というイメージが強い、「日本のゴッホ」と言われるほどの天才画家、だが、作品に目があてられることは少なかったように思う。正直、作品をじっくりと見たことはない。色鮮やかな色紙や切手がちりばめられ、その土地の風景、香りなどが息づいている。
八幡学園時代の貼り絵から、ライフワークとしての「東海道五十三次」、ペン画など、49歳の生涯を通して見ることができた。
ヨーロッパでの作品にも驚かされたが、作品と合わせてコメントもあり、戦争への批判や環境などに対する素直な気持ちが表れている。見えたそのままが描き出されており、映像記憶力があったからこそであるが、「本当にこれで良いのであろうか」と突き付けられているように感じた。素朴さ、素直さ、まっすぐ向いて鋭く見つめる自画像、あるがままであろう。それが、あたたかみを生み出す。

節目を迎えたこともあり、考える。
老人が安心して生きていける、それはそうだが、子供が夢を持てる、そこに力を入れる、そんな話もあっても良いのでは。老人は消費対象になるだけかもしれない、老人は何ができるといった対象ではないのかもしれない。
老人と社会、どういう関係が良いのであろう、答えはないのであるが、ひとり一人なのでしょう。
残りの人生をどう生きる、あるがままといきたいものである。

今年は、のんびりと、こだわって取り組んでいければと思う村中秀郎

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