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2009年1月

2009年1月31日 (土)

地方都市におけるマンションは終の棲家となり得るか

1月16日、第4回目の街なか居住検討会、「街なか住まいをどう継続していくのか」をテーマに話し合った。住まいだけではなくて暮らしの継続ということで。
暮らしを維持する街なかサービス機能と居住を維持する住まい機能、それを結ぶコミュニティを維持する機能、これらを支える住み替えシステムやリペア・リサイクルシステム、交通システムなど、生活と建物の時間的経過の中でそれぞれを考えていかなければならないのであろう。
その視点には長く使うと言うことが大事であり、それぞれの時点においてニーズがあるということにならなければならない。
議論の中で、居住権の認識からスケルトン賃貸の展開や中古市場の活発化、街なか暮らしを提供するための展開など、様々な意見が出た。今回はどちらかと言えば、受け皿・出口部分の議論(マンション管理など)を想定したが、やはり、街なかに住むという動きを起こすのにはどうするか、ここの重要性が再認識された。
これまで、三つの課題、街なかにふさわしい住まい、街なかの暮らし方、街なか住まいの継続と議論してきた。次回は取りまとめとなるが、先ず、暮らしを軸に行動を含めたつながる山形版の相関図を考えることとしている。相関するものをそれぞれ見つめ直してみようということであるが、どこまで整理できるか、どこに重点を置くかによっても違ってくる。街なか暮らしの提供とそれを支える街なか住まいのあり方、に重点を置いて整理しようと考えている。
マンションの管理上や老朽化に対する対応など、マンションには多くの潜在化した問題がある。既に、30年以上経過したマンションが街なかに3棟/29棟、10年以内に5棟増える、新耐震基準以前が6棟である。
老朽化すれば管理上の問題と絡めて空き家化とリペア・リサイクルの問題がクローズアップする。管理の空洞化と言えるが、本当に20年後、30年後どうなるのであろうか、そこでスケルトン賃貸だが、使い切るという発想で様々な住まい方ができるようにする。
住む人は変わるが終の棲家になり得るか、というよりも終の棲家にしていくということようである。最後は解体となるにしても。
マンションは居住基盤でありコミュニティを構成する社会基盤、地域にとってまちづくりやコミュニティ活動の拠点・コミュニティインフラとして捉えるなら、まちづくりという視点でのアプローチができるのではないかと思う。これは幻想か。

ちょっと驚いた、聞くところによると演奏だけでなくあのオバマ演説、録音だった?アメリカ国民への演説と考えればあれはあれでちゃんとできてて良かったのでは、まだ信じられない、本当のことかどうか分からない。さらに驚いたのが、麻生さんとオバマさん、麻生さんの方が今は給料が高い、比べることでもないがそれを聞いて「ほんと!」とつい言ってしまった。色々と話は飛び交うものである。

歴まち法の認定、金沢、高山、彦根、萩、亀山の5市に、山形県もできるところはあると思う村中秀郎

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2009年1月28日 (水)

光によるまちづくり

1月26日、山辺で「あかりについて考えよう」、あかりのプロ(梅田かおりさん、ライティングデザインスタジオLUME主宰)を招いて照明計画の話し合い。868

山辺で街なかを元気にしようと、地元検討組織、YOUBESU会が立ち上がり月1回のペースで話し合いを行っている。話し合う中で、様々な課題が浮き上がり、その一つに山辺駅前からショッピングプラザベルまでの通り、大きく屈折しており夜間暗く不安を感じている。照明が必要、あかりを。763

光によるまちづくり、最近また注目を集めている、防犯だけでなくイルミネーション、ライトアップなど、防犯から景観、その範囲は多様で広がりを見せつつある。地域の人たちと一緒に創り出した寒河江流鏑馬通りの行燈もそうである。
街全体をあかりで包み込む、夜景であり夜間景観であり決してどこも明るくするということではない。色んなひかりを選択し、ある一つの方向にまとめ上げていくことのように思える。
今回は、照明器具1基だけだが、これをスタートに広げていく、横断橋のあかり、商店街のあかり、樹木や伝統建築物へのあかりなど、これらと合わして暮らしの中にあかりを、今ある雰囲気を残しつつ新たな魅力を創り出していくことであると思う。
時間がかかるかもしれないが、後世に残るものを形にしていく。
山辺は蚊帳、その材料である青麻、色温度は青に、グラスゴー発防犯性の話、防犯意識の高まりや街がきれいになることでと思うが、青、どんな色になるのか、実際にはどんな感じなのであろうか。(話では、青のひかりだと血管がわからなく薬が打てないからということ?)青は冷たい、さびしいと静かで気持ちが落ち着くということのようであり、明るさや経済性では白色灯の方が優位、実験することにしている。867

写真にある横断橋、三角屋根のステンドグラス、連なっていてここにあかりを、何気なく感じていたものをしっかりと意識させる、見せる、そんなことが考えられる。
いろんな資源がありやることが多い、経済的制約と相談しながらであるが、今は成果を早く、5年間ということが当たり前となりつつある。動き出す、それは大事、が、5年間でという話でなくじっくりと、そんなものも多い。
5年間で何が成果となり得るのか、継続性をどう判断するのか、数値だけで測ることができるのか、逆に言えば数値だけで成果ありとするのはどうなのであろうか、ハードを活かすソフトの定着だが全ては住民がカギを握っていると思う。
一つ、ひとつ、納得して進めていく、これが一番と思っている。

1月28日から2月2日まで、大沼で大九州展、熊本の森からし蓮根と長崎角煮まんじゅうを買う、あなたは長崎ちゃんぽん、佐世保バーガー・・・・、目玉がないように感じるがゆっくりと見て回れる。869

なんと、十字屋山形店で全国うまいものまつり、28日から3日まで、こちらはバラエティーに富んでいる、サー見比べて、食べ比べてみるのもいいのでは。
ちょいと寄ってみる、街なかはそんな楽しみがある。

今の時代だからこそ、「生きる」ことをじっくりと見つめる、そんな気がする村中秀郎

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2009年1月24日 (土)

柔軟性のある道路構造令

道路構造令は道路法に基づいて道路の構造を定めた政令であるが、画一的で高コストで過大な道路が整備される、これではということで委員会が立ち上げられ、議論され、12月26日の第3回の会議で提言された。
提言(案)では、裁量と責任による自立的運用に向けて、道路構造令の運用面と規定面をそれぞれ改善すべき、運用面については柔軟な規定ですよ、ローカルルールありですよ、自冶体の裁量と責任で良いですよ、個別状況に対応できますよ・・・・、規定面については最小限の基準で良いのか、柔軟な規定で対応できるのか、規定面はこれからの感じがする。
全国の自冶体へのアンケートもなされており、柔軟規定の認識は低い、活用もほとんどしていない、規定の解釈や判断の困難性からのようである。
ローカルルール、これがなかなかうまくいっていないのでは、裁量と責任といったことを言えば、これまで通り楽な方に、とどのつまり画一的となる。
良く考えなければいけないということが定着してこないのかもしれない。「この限りではない」とあいまいさをうまく使えない、影響度がどの程度ならを判断できない、小区間でも同じ基準でやってしまう。
経済的制約がきつくなることを考えれば、これまで通りとはいかない。
1.5車線の普及や既存道路の活用など、色々なところで活かせれてくるであろう。環境に対する国民意識や高齢社会、車利用者の推移、車の形態・利用の仕方の変化など、多様性を考えれば、当然の話のように思う。
だが、きちんと評価する体制が必要であるのと、規格外を認めていく下地がないと意欲が出てこない。
正当性を認めてもらう、自らが判断基準を出す、実験してみる、これは大変なことである。自冶体だけでなく住民も何が必要なのか、しっかりと考える、これが求められる。
スタートとしては責任ある何でもありというところか。
事例はあくまでもその場所での話であり、それをそのままとはいかない、あくまでも安全を中心に置いたローカルルールであることを忘れてはいけない。

「人間重視の道路創造研究会」という研究会がある。
低炭素社会の構築や少子高齢化・人口減少社会への対応を踏まえて、人間本位の道路空間へと転換、道路ストックを上手に使うということで論じられている。まだ、論点が整理されたところでこれからだが、安全かつ円滑な交通を確保するに機能以外の生活面でのプラスの必要性を強く感じ、沿道コミュニティにヒントが隠されているのではと思う。6月ごろに報告書がまとめられようでありこの研究会の行方を見守っていきたい。
こんな動きに合わせて、道路法の目的規定などは見直しされてくるのかもしれない。866_2


ふと目をやると、結城屋さんで七日町御殿堰開発の模型、改めて見ると中心街の活性化、歴史的空間の再生、オアシスのような空間の実現が目の前にある

1月22日、寒河江に、フローラSAGAE3階の市民ギャラリーで「大江氏の寺原画展」が催されている。860861863

寒河江三十三か寺と称して、小路の奥に多くの寺院が建立されているが、これは寒河江の地頭として四百年も栄えた大江氏の関わる寺院が多いから、長岡山の眼下に川とともに広がる。寺院巡りを2度ばかりしているが、食べもの屋とのミックスであきない。原画を見て、地図片手に実際に見て回るのも良い。

車から人へ、場所によっては優先順位が移っている、既にそんな時代になっているのではと思う村中秀郎

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2009年1月22日 (木)

オバマ演説

1月21日、4時頃か、オバマ演説を聞いた。
YES,WE CANはなかったが、現実的で力強さを感じた。正直、根拠はないが期待感は大きい、これまでとは違う。チェンジ、変わるのでは、リンカーンにこだわったのは原点に帰るということなのであろうか。
変わる可能性を、選挙運動における1,300万人をベースとした草の根運動、ネットワークに、そのシステムは継続されるという。国民との対話路線、ハウスミーティングというものがある、日本のタウンミーティングとは違うようであり、小規模で直に住民と話し合う、地域で話し合うということのようだ。良く聞くということのようで国民の声が届く。
言うまでもなく、アメリカは危機的状況、時間がかかるがどう良くなっていくのであろう、グリーンニューディール、アメリカ的ではないように思うがこれしかないのかもしれない。あの頃のアメリカを取り戻せないとしても、新たなアメリカ、どのようになるのか、気になるところである。
世界が熱狂?ニュースで見る限りそのようである、日本は、あの人は「世界的な経済危機の共通認識、一緒にやっていける、そんな感じ」、大統領と首相を同じ土俵で見ることはできないが、メッセージ性は低い、よく言えばクールである、どちらが先にオバマと合うのであろうか。
リスク回避からアジアに注目、アジア太平洋で最も投資したいところは東京、上海、北京はリスクは大きいということらしい。でも、明日はどうなっているか、世界に今何を発信するか、やることは多いような気がする。

変わる、変える、本気で世界を変えようとした男、チェ・ゲバラ、2本の映画(28歳の革命、39歳の別れの手紙)が上映される。
オバマ、21世紀の世界を変えた男になれるか。今、一番かっこいい男であることは間違いない。
何はともあれ、すばらしいことである。

遠いアメリカだが、身近に感じた村中秀郎

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2009年1月18日 (日)

地域活力基盤創造交付金

道路特定財源の一般財源化、交付金の名称を変えて、地域活力基盤創造交付金という名称で間口を広げただけ?大部分を道路整備に、あまり変わっていないようである。
道路整備をどのようにしてやっていくのかは依然として解決していないように思うが、決着がついた言えば着いたのでしょう。地域再生計画による地域再生基盤強化交付金(道路整備交付金もある)、というものもある。うまく組み合わせてだが、地方にお金がないと。
あの1兆円はどこにいったのであろう、地方交付税?最後は、やはり交付金で落ち着いた。
地方道路整備臨時交付金を廃止し、地域活力基盤創造交付金に、だが、内容的には変わらないようである。
20年の夏に全国知事会が提言している、少なくとも従来の財源がマクロ・ミクロ両方の観点で確保され、その財源が道路に「しか」使えないものから道路「にも」使えるように自由度が拡大する、量の確保と質の改善である。
また、分権化・透明化、財源と権限が住民に近いところに、道路整備の需要にも見合った税収、傾斜配分の視点、地方は無駄遣いしていないということようである。おおむね、受け入れられたように感じる。

道路整備はこれまでと同じ様に、どんどん厳しくなっているが?不景気だから道路事業を、地方では公共事業の役割、地域経済の底上げから公共事業は必要とされる?お金は還流するのか、それだけの公共事業があるのか、やはりメンテナンスに移行せざるを得ないであろう。
経済の論理、投資効果でみれば人口が少ないところは手が出せない、そんな話も強引のように感じる、人口をベースに考えるのは限界なのでしょう。だが、経済は人口を一つのベースにしている、人口が伸びてるところへとなびくのはやむを得ない。再び中国か。

建設業の倒産、増加傾向、しかも大手、中堅へと広がっている。公共事業に代わる不動産業の影響という面もあり、これからどの業種を、公共事業に戻るのであろうか。
派遣社員の問題、2009年問題もあるが、正社員も削減の対象となってくるのでは、ワークシェアリング、すべてにわたって必要な考えなのかもしれない。仕事と所得のセット(両立)であろうし、お金が回る、配分していくということなのかもしれない。
製造業に派遣は合うのか、合わないように思うが経済的論理が優先なのでしょう。儲けるだけ儲けて、3年目にポイ?企業は時期的に良かったと思うのか、非正規から正規になった方も多いと聞けば、ひとくくりに捉えることもできない。これからはさらにサービス業に向かうのか。企業にとっては、内部留保とか批判されるところであるが、将来のことを考えると・・・・・、今の状況はそれだけ問題は大きいということと思う。
山形では内定取り消しは大丈夫だったのだろうか、3年学んで1年就職活動、学びながら働く、学生で社会人、そんなことが多くなっても、3年間学ぶ、短すぎる感じがする。

このところ、痛飲が続く、ある韓国スナックへ853
そこで税金を払っているが国籍が違うので定額給付金はもらえるのだろうか、国民にと言ってる以上難しい、う!税金を払っていれば、住民票があればOK、じゃ~年金はどうなのであろう、あれ!韓国でも給付金があったよね、はっきりしない、知らないことが多い。そんな心配ごとがあっても盛り上がり、久し振りに騒いだ。
空いていたところにホルモン屋、832
移転してきたという、七輪で自分で焼く、乙なものであり、笑顔。
花小路で、おでん屋の向こうのおでん屋で、この店気に入っている、お母さんと時代をさかのぼって。もう1軒、昔のにおいがするスナックへ、山形の食材から花小路の明日、大いに語り合う、855
なんとその店の地下はあのキャバレーハワイだったそうだ、地下の店に驚き当時のすごさがわかる。もう何年間も開けられていないそうだ、中を見てみたいものである。
花小路はさびしくなった、そうかもしれないが、店は元気に開いている。

時の過ぎゆくままに、この身を任せる、ゆっくりにと思う村中秀郎

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2009年1月13日 (火)

地域遺産の活用

1月11日、旧梅月堂シンポジウムに参加、山口文象研究者である伊達さんの山口文象の人となりの話と東京神楽坂とのつながりを解き明かす谷口さんの話、おもしろい。842

山口文象、RIAの創始者という印象が強かったが、年代を追って説明され多くの歴史に残る建築設計を知る、日本の建築をリードしてきた一人なのでしょう。
梅月堂を設計するにいたる背景、神楽坂紅谷(べにや、一流の菓子店で、その経営者は山形梅月堂経営者の五男坊、梅月堂は小姓町に創業)とのつながり、この店は文化人が出入りした有名店、これが、山口文象につながってきたのではとの話、興味がそそられる。
なにはともあれ、当時はあっと驚く建物だったのでしょう。1階は和洋菓子・パン・山形市名産食品販売、2階は喫茶・アメリカ式軽食、3階はホール、屋上は展望台、2階から上はガラス張り、屋上展望台というのもモダンである。852

開店日には、当時の人気スターを東京から招いて、紅谷店主の佐久間(小川)茂七の意気込みか、シャレなのかもしれないが。
山形市民にはあこがれのお店だった、その面影を垣間見ることができる。この建物はこれからどうなるであろうか。
地域遺産、文化遺産として認識できるのであろうか、位置づけられるのであろうか、そういう話もあるが、存在価値だけでなく使用価値を引き出していかなければならない。使用していくということであり、今のままでは感じることもできない。
使用することで、将来の世代も大切に継承していくようになる価値の創造を生み出すことができないであろうか。とにかく、静的な「モノ」自体に動的な「コト」を展開していく、そんな感じがする。だが、利用される状況は生まれていないようである。七日町大通りの歴史的建造物などをライトアップ、照明で浮き上がらせる、年に何回かするというのはどうであろうか。
1月12日~17日11:00~17:00、展覧会、2・3階を見ることができます。841_2


1月10日、七日町大通りで初市、江戸時代から続く伝統、去年より人出が多いと思うのは、商売繁盛を願って。
活性化計画の推進で、さらに盛り上がってくるでしょう。

1月12日、山辺で初市、ふるさと資料館で鯉こく汁、温まる。847848850851

出店とお店が両側に対しているので、うまくつながっている、道路が広いとこうはうまくいかない。出店の数に制限がかかるが丁度いい、歩く距離も高齢者にとって負担にならない。
もっと、盛り上げていけるように話し合いを進めていきたい。

固有の歴史、大事にしたいものであると思う村中秀郎

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2009年1月 7日 (水)

放浪の天才画家

みなさん、明けましておめでとうございます。

1月3日、渋谷へ、「明日の神話」を見る。
商業ビルのマークシティ内の連絡通路に立つ、目の前に巨大壁画、縦5.5m、横30m、秋田県立美術館で見た藤田嗣冶の壁画「秋田の行事」(縦3.65m、横20.5m)よりも大きいが、空間の中にあるせいかそれほど大きさの違いがあるとは思えない。839
が、違った魅力、第5福竜丸が被爆した際の原爆の炸裂の瞬間をテーマ、悲惨な体験を乗り越え再生する人々のたくましさを描いていると聞く、中央にある人体がそれなのか。840

とにかく強烈である、多くの方々が毎日、目にする、これからどんな影響を与えるのであろうか、長い年月をかけて刻み込まれていくのであろう。
帰り、某デパートの催事場での山下清展に、山下清と言えば、裸の大将、テレビや映画での放浪画家というイメージが強い、「日本のゴッホ」と言われるほどの天才画家、だが、作品に目があてられることは少なかったように思う。正直、作品をじっくりと見たことはない。色鮮やかな色紙や切手がちりばめられ、その土地の風景、香りなどが息づいている。
八幡学園時代の貼り絵から、ライフワークとしての「東海道五十三次」、ペン画など、49歳の生涯を通して見ることができた。
ヨーロッパでの作品にも驚かされたが、作品と合わせてコメントもあり、戦争への批判や環境などに対する素直な気持ちが表れている。見えたそのままが描き出されており、映像記憶力があったからこそであるが、「本当にこれで良いのであろうか」と突き付けられているように感じた。素朴さ、素直さ、まっすぐ向いて鋭く見つめる自画像、あるがままであろう。それが、あたたかみを生み出す。

節目を迎えたこともあり、考える。
老人が安心して生きていける、それはそうだが、子供が夢を持てる、そこに力を入れる、そんな話もあっても良いのでは。老人は消費対象になるだけかもしれない、老人は何ができるといった対象ではないのかもしれない。
老人と社会、どういう関係が良いのであろう、答えはないのであるが、ひとり一人なのでしょう。
残りの人生をどう生きる、あるがままといきたいものである。

今年は、のんびりと、こだわって取り組んでいければと思う村中秀郎

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