200年住まい・まちづくり担い手事業
山辺町の中心地を対象に、200年住まい・まちづくり担い手事業を展開している。(事業の内容はHPで)伝統家屋が維持されている状況から住まいの長寿命化のヒントを、伝統家屋居住者へのヒアリング、暖かく迎えてくれて多くのことを話してくれる、そんな方はまれだが出会うことができた。住まいはその家族の歴史や生き様が詰まっていて、とても1時間程度では、暮らしやすくといった機能だけではない部分が多く、ゆっくりと話を聞く。住まいが生き方、過ごし方によって変質していく、それに応えられる家屋なのである。
だが、そんな家屋も一人住まいになり倉庫になる部屋が増え引き継いでくれる人がいないことになる。地域コミュニティと家屋を利用していくシステムが必要なのである、住むだけでなく様々な利用を視野に入れて。
後継者がいない、これはあらゆる分野で起こっている、農業、商業、工業といったものづくりだけでなく住まいやコミュニティなどの後継者、もの、こころ、歴史・文化を利用し維持していく人たちがいない、第3次から2次、1次に、4次や5次、6次といった産業の担い手構造を変えなければならない、そのこともそうだが、人口減少の中でどうストックや文化を生かし整理整頓していくのか、ここが大事と思う。ちっぽけな歴史かもしれないが無になってしまう、人の世の常と言ってしまえばそれまでだが、街が寒々としてくる、100年の計とよく言われていたが、未来図を描くことができるのであろうか、10年先も見えないのである。というよりも、あまりの恐ろしさに見ようとしないのかもしれない。
これからの都市計画、もっとも大事なひとつである、時間をみては昔を思い出しながら整理整頓している、が、どうも極端な方向に向いてしまう、正直なところイメージできないでいる、自己反省から始まるのであるがあの時はあれでよかったという調子なのである。方法論の前に日本の未来、地域の未来、これが必要なのでしょう。ひとつだけ言うとしたら、あらゆる土地の所有と利用の分離、組織の解体と組み直しであろうか。
山辺の取り組み、将来に向けてのヒントが見つかればと思っている。帰り、栄屋支店、ちょっと有名なもやしらーめんを、体が熱くなる、外は冷えるがコートなしで駅に向かう。こころも熱くなる店がある。
11月21日、ホテルメトロポリタン山形で行われたまちづくりセミナーに参加、「歴史的風格と交流の中ににぎわい生まれるまちづくり」、東北芸術工科大学の小林先生と東京大学の西村先生のお話を聞いた。両先生とも都市計画が専門と思うので、実は、これからの都市づくりについて何かをと期待していたが、セミナー的に終わってしまった。それでも、集約構造だけではダメなことが見えてきたりで街なかの本当の再生、このままでうまくいくのか、様々な視点から捉え直すことが必要なのかもしれない。
1か月前になるだろうか、国交省が50万人規模の都市でコンパクトな街づくりを進めると20年後、26%の削減ができると推計、中心部に住む人が増えるからということらしいがこの話には心がないし、拡大するよりはである。全体で減っていく、どう縮小していくことが良いのか求められているのに、2者択一ではない。どこでも暮らしやすく住み続けられる、これが前提と考えるのだが。50万都市だからの話なのかどうか、この推計がどういう意味を持つのか見守りたい。
都市計画について考える、その必要性を強く感じる村中秀郎


































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