« 新年度を迎えて | トップページ | 未来の行政は »

2008年5月11日 (日)

したたか

中国やインドなど、外交などの面でしたたかさを感じる。日本はと言えば、どうしていくのかよく分からない。戦略性が見えてこないし、世界の中で、アジアの中で、どう日本を位置づけるのか、本当に分からないところがある。もう、世界2位ではないし、国際競争力はガタ落ち(24位)しているのに、また、あわててサミットに向けて何やら数字が出されるらしい。環境は大事である、その通りだが、市場原理でどこまでいけるのか、それが気になる。お金に右往左往している日本、これまでとは逆の立場になってしまったのである。中国はそのうち破たんするであろうという人がいる、そうだとしても、その後、日本はどう動く、それも何やら右往左往の感がする、破たんした時の状況も気になる。昔から日本は資源がないから技術で、これからはどうであろうか、世界の頭脳は働きやすいところに集まる(シンガポールのフュージョノポリスなど)、気がついたら、外国の会社になってしまっている。政府は色々とやっているのかもしれないが、見えてこない。国会議員10人分で何ができるであろう。昔、安保闘争の時に、時の首相はデモがあっても国民の多くは野球を見ていると発言したのを思い出す、そんなもんだと言っているのであるが、少なくとも社会に疑問を抱いた多くの国民(若者といった方が良いのかも)はいた。今、疑問を持つ国民はどこに行ったのであろうか。国同士の格差が広がる状況を見て、国民の幸せは何であろうか、幸せを感じているのであろうか、考えてしまう。少子化は大変問題だが、人口は減少する、約550万人規模のデンマークなんかどうなんだろう。労働の流動性(フレシキュリティ)なんか、今の若い人にはマッチしているのかもしれない。
自給自足のモデルは無理なのであろうか。あり得ないと結論を出す前に、自給自足(その形は色々ある)を考えてみる、その中でどう外国との付き合っていくのか、青臭いことが頭をかすめる。
山形は農業を大事にする、そこを柱に暮らしやすさを求めていく。日本一の米もある。地域では、そう思っている人が多いのかもしれない。
世界の動きをみると、何故か日本を感じてしまう村中秀郎

|

一感一言 村中秀郎」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く




コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。