路地歩きその2
路地、何故気になるのか、大正ロマン、昭和レトロがビジネスになる、だからではないのであろう、若いころから路地界隈(東京中野)で飲んだくれていたから、多分そうに違いない。日本が元気だった頃を再現して何を求めるのか、そこに夢や希望をダブらせる、どちらかというとよそ者がノスタルジーにふける、否、居心地が良いところをと思う。
路地空間が持つ魅力とは、決して個人的意味合いだけではないはず、迷路性や回遊性、個性(これは忘れてはならない)、そして、生活風景と考えたい。それは、ヒューマンスケール、スローな路地コミュニティと言えるのであろう。極端なことを言えば、移動空間というよりも生活空間であると。路地には生活の匂いと生き様が、生活が重なり合い、スケール感などから同じように感じることができる空間なのだと思う。
花小路、昔は酔っ払いの吹きだまりであったのであろうか、今は肩が触れ合うこともなく、バカをやる人、あぶない人、あやしい人・・・、見ることはない。若干の隠微な匂いがする程度か。まだ、まだ新参者、本当の花小路を分かろうといそいそと出る。できれば、カッコつけてといきたいが、この年では変となる。が、ステージに上がるスターのように、酒が入ればただの飲んべーなのだが、通を気取りたいものである。
今日紹介する路地は、花小路の仲通り、花小路口から遊学館口(三島通り)に抜ける路地、小さい店だがみんな味がある。



路地をどう活かすか、相隣関係をどう発展させていくのか、これはこれまでのまちづくりでは解けない課題だと思う、先ずは、路地を一つ、一つ解き明かしていく、生活が路地を、路地が生活を、その関係について何か説明できるものがあるのかもしれない。人と人やモノ、コトとつながり、このおもしろさに価値がある。それには路地を支える人たちが、生活者などが居続けられることが必要である。これについて、様々な路地を見ながら掘り下げていきたい。
今まさに、環境、自動車から…と考えるが、仕事場のビルの周り、自転車が置かれる。利用する一人として戸惑う。何らかのルールや自転車置き場の整備までを視野に入れた検討の必要性を感じる。ちなみに、歩くことを第1としているが。
CO2削減、規制と誘導、緑を、自然をと思う村中秀郎



