2008年7月 7日 (月)

路地歩きその2

路地、何故気になるのか、大正ロマン、昭和レトロがビジネスになる、だからではないのであろう、若いころから路地界隈(東京中野)で飲んだくれていたから、多分そうに違いない。日本が元気だった頃を再現して何を求めるのか、そこに夢や希望をダブらせる、どちらかというとよそ者がノスタルジーにふける、否、居心地が良いところをと思う。
路地空間が持つ魅力とは、決して個人的意味合いだけではないはず、迷路性や回遊性、個性(これは忘れてはならない)、そして、生活風景と考えたい。それは、ヒューマンスケール、スローな路地コミュニティと言えるのであろう。極端なことを言えば、移動空間というよりも生活空間であると。路地には生活の匂いと生き様が、生活が重なり合い、スケール感などから同じように感じることができる空間なのだと思う。

花小路、昔は酔っ払いの吹きだまりであったのであろうか、今は肩が触れ合うこともなく、バカをやる人、あぶない人、あやしい人・・・、見ることはない。若干の隠微な匂いがする程度か。まだ、まだ新参者、本当の花小路を分かろうといそいそと出る。できれば、カッコつけてといきたいが、この年では変となる。が、ステージに上がるスターのように、酒が入ればただの飲んべーなのだが、通を気取りたいものである。
今日紹介する路地は、花小路の仲通り、花小路口から遊学館口(三島通り)に抜ける路地、小さい店だがみんな味がある。114115131129


路地をどう活かすか、相隣関係をどう発展させていくのか、これはこれまでのまちづくりでは解けない課題だと思う、先ずは、路地を一つ、一つ解き明かしていく、生活が路地を、路地が生活を、その関係について何か説明できるものがあるのかもしれない。人と人やモノ、コトとつながり、このおもしろさに価値がある。それには路地を支える人たちが、生活者などが居続けられることが必要である。これについて、様々な路地を見ながら掘り下げていきたい。

今まさに、環境、自動車から…と考えるが、仕事場のビルの周り、自転車が置かれる。利用する一人として戸惑う。何らかのルールや自転車置き場の整備までを視野に入れた検討の必要性を感じる。ちなみに、歩くことを第1としているが。125
CO2削減、規制と誘導、緑を、自然をと思う村中秀郎

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2008年7月 5日 (土)

頭が下がる

私たちは寒河江のまちづくり支援を、地元のみなさんと一緒になって街の再生に取り組んでいる。今は、流鏑馬通り(法務局前の通りで、拡幅整備のための事業が進められている)の行燈設置計画。オリジナリティーのあるものを目指している。(寒河江まつりに合わせて設置)したがって、寒河江によく行く、寒河江に行く度に顔を出しているところがある。それは、見晴らしサロン、花・せせらぎ庵(寒河江駅2F自由通路正面)といった方が良いのであろう、平成19年からの開設で、それが何かと言えば、がんばっているのである。「寒河江駅前地区まちづくり推進委員会」の下、女性の方が運営しているのであるが、色んなことにチャレンジしている。じっくりと話したことは1度ぐらいだが、その人のことを私は少しだがわかったつもりでいる。ただそこに置くだけでなく、知ってもらう、分かってもらう、買ってもらう、…コミュニケーションを進んで取る、やるだけではない、ものにしていく努力の必要性を。104

市民のサロンとしての位置づけを守りつつ、寒河江の顔として、情報提供や地場産品の販売、ギャラリーホール、発表の場など、ありとあらゆるものを良く考えながら手掛けており、成果をあげている。何よりも、憩いの場、交流の場として盛況なのではないかと思う。少しでも活力をもらえればと思い、顔を出しているところである。
駅前は、まちづくり交付金で、街なか温泉やフラワーバスケットの設置、みこし公園の活用がある。そこが核に、活動の受け皿としての市民は用意されている。駅前だけでなく、中心地全体が変わろうとしている、変われる力の一部になろうと私たちも、持ち味を活かして係わっていこうといつも小さい声で「よし」とうなづいている。
寒河江に行ったときは、是非、花・せせらぎ庵に、と思う村中秀郎

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モノの値段が上がる

モノの値段が上がると、価格戦争、価格に騙されてはいけないが、PBが勝つのか。大手スーパーは広告・流通・営業コストがかからないから似た商品を安く提供できる、そして、それが目玉となり、特売となる。値段が上がれば上がるほど目立つ。もちろん品質は問われるが。コストカットは限界、材料費があがったから値上げします、これでは難しいのかも、値上げするなら付加価値がないと、そんな気がする。商売を見直すチャンスとも言える。
何はともあれ、消費者はシビアになっている、1円の勝負なのかもしれない。特売や、一番安い店、スーパーで、チラシが大事となる。個店はどうするのであろうか。個店同士でスクラムを組んで、価格競争でなくてサービス競争を、親切と信頼、FtoF、なのだが。価格は消費者が決める、それにはサービスも当然入っている、商品を見ていただき、そして、手にし、買い求め、使われ、さらに、見守っていくとこまでが勝負。消費者側もかしこいだけでなく、もっとサービスの中身を見る。言えることは、安さだけを求めたら、えらいことになるということである。

7月4日、雪の市民会議、朝早くから尾花沢へ、電車の中で旅行客らしい人と一言、二言、大石田駅からタクシー、今日の集まりの話や銀山温泉どう?(地震の影響は大きい、ふと、和倉温泉のことが思い出された)花笠市は?いつものことだが出かけた時は(話に乗ってくる人と)色々と話する、話しているうちに会場に。
「雪国の環境と観光の未来を考える」、山形大学、室蘭工大の先生の話とパネルディスカッション、そして、雪むろ施設見学会、意見交換会と続く、内容の濃い市民会議。128

私自身、雪については、5年ほど前、最上総合支庁の最上利雪克雪モデル都市実現プランで、「雪国もがみ住宅地のあり方」の策定に係わってから本格的に考えるようになったのであるが、忘れがちである。
市民会議、全体的に見て、利雪に関する話が、北海道での取り組み(洞爺湖サミットも)、雪国のたくましさを感じる。高校生と思うが、生徒さんの参加、次世代に続く。
話を聞きながら、雪に接する機会がなくなる、そうなった場合を考えても意味があるとは思えないのだが、雪がなくなるとどうなるのであろうか、雪が北上する、気候の移動により作物も変わる、どうなるのであろう。
雪が降る、降らないに関係なく、自然とうまく付き合っていく、当たり前に捉えられるようになる。無理をしないということかもしれない、完全になくさない、お天道さまに任せる部分もある。
雪を媒体としたコミュニティ、様々な取り組みが様々な地域(雪が降らない地域も)に活かせる、そのように感じた1日であった。会場で、飯豊町中津川地区で雪むろに3年間熟成した「雪つつみ」を購入、試飲しすぎで酔っぱらった勢いもあって。
雪のラブレター、「ガラス越し好きと言ったの雪と言ったの」、昭和的と思う村中秀郎

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